2009年07月30日

簡體字廢止論に贊成

29日付の朝日新聞によれば、中國で簡體字の廢止論が活發らしい。漢字は表意文字であり、略字や簡體字では成り立ちや意味がわかりづらい。アジア圈共通の文字としての役割も考へるならば、やはり日本で使ふ漢字も正字に戻すべきだと思ふ。だいたい、中國の簡體字は省略しすぎである。

東京のはうの親會社へ行く(笑)。ずいぶん變はつてゐて驚く。寄りつかない職場もあるが、挨拶囘り。
健診のため、21時以降は飮食禁止である。4本も採血され、ぐつたり。
しかも暑いなか、お臺場方面に行く。ガンダムを避けて、豐洲から。
10年ぶりほどで、マニアックな業界展。だいぶ規摸が小さくなつたやうな。

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(室外機から雲が生まれる)

マヨネーズの番組を見てしまひ、どうしても赤キャップが買ひたくなつてしまふ(笑)。
コンビーフにたつぷりかけて食べるのが好きである。
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2009年02月24日

ブランデーの名言

ひよんな衝動買ひから、ブランデーがマイブームである。
だいたい、ストレートで飮めるから手間がかからない。ものぐさゆゑ。
ブランデーといへばVSOP(=very superior old pale)だが、新入社員のときに聞いたイイ話がある。
「會社生活の中で大事なこと・20歳代はvitality・30歳代はspecialty・40歳代はoriginality・50歳代はpersonality」ださうだ。忘れない名言である。ちなみにこの話をしてくれた人は社長になつたからすごい。

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(安賣りしてたから)

ビックカメラに行つて、古いポイントをSuicaカードに合算してもらはうと思つたら、有效期間滿了で殘高がゼロだつた。殘念。池袋に住んでたときには考へられないことだ。そんなに行つてなかつたか。


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2008年12月12日

カタカナ用語末尾の長音處理

またしても同業他社が、同業を撤退とのこと。喜ばしいやら、悲しいやら。
とは言へ、賞與も支給されたし、多少氣が大きくなつてネットで散財する。

ちやんと意見を聞いていただけるとうれしい。
こちらにとつてはとても大事なことであり、ぜひともお願ひしたいところである。

晝は久しぶりに坂内ラーメンさん。
自慢のチャーシューに白髮ネギをたつぷりいただく。
ただし、氣候から言つて選擇自體は失敗であつた(笑)。

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(暑くて汗だく)

實は7月のニュースなのだが、マイクロソフト社の次期OS(日本語版)では「フォルダ」が「フォルダー」に表記を變更するさうだ。これは國語審議會の報告を基に告示された1991年6月28日の内閣告示第二號によるものであるといふ。外來語カタカナ用語末尾の長音處理に關しては、「2音の用語は長音符號を付け、3音以上の用語の場合は(長音符號を)省く」ことが多い。自分も會社に入つてからこのことに氣がついてゐたが、いつの間にかそれが普通になつてゐる。このブログも3音以上のカタカナ語末尾の長音は基本的に無視してゐる。そもそも知らなかつたのはこの省略が初期のコンピュータ業界において、その處理字數を減らすために始まつたといふこと。これはものすごい工夫である。驚いた。
しかしながら、今囘の表記變更は末尾が「-er」「-or」「-ar」などの場合の話であり、「ソフトウェア」とかはどうするのか。また「アウトドア」「ジュニア」等については、そもそも例外としてゐる。
今後、自分がどうするかについては、ちよつと惱みたい。

(參考)マイクロソフト ランゲージ ポータル
http://www.microsoft.com/language/ja/jp/download.mspx


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2008年07月14日

漢字傳來と意氣投合

先週から香典倒れ。連續3件で參つた。
暑くなつてくると亡くなる方も多くなる。しかも同年代の方の親御さんたちが多いので、身につまされる。

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(棒々鷄冷麺)

先週から「漢字傳來」を讀んだ。はつきり言つて、ものすごくおもしろかつた。
漢語とは構造の異なる日本語を、漢字で書き寫すといふ無理難題に對して、我々の先人の努力と叡智をうまく紐解いてくれてゐる。音讀、訓讀、萬葉假名、カタカナ、ひらがなを編み出した。かうやつて日本語の表現ができたといふことがよくわかる。また、唐音・呉音の違ひについてもわかりやすい。漢字は、當初は鏡とともに、その後は經典とともに輸入されてきたといふことに氣がついた。もう少し、勉強してみたいと思ふ。

ネットでいろいろお買ひ物。さんざん、散財する。
2年越しの課題であつた、Blu-rayについても一定の結論を出す。その他にも深夜までかかつて注文を繰り出した。これで當分、力盡きた状態となる。箱を開けるのがたいへんになりさう。

山本モナ氏報道、盛んに「意氣投合した」とある。
この言葉が何を意味してゐるのか、たいへんに興味がある(笑)。


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2008年06月16日

運を小出しに使ふ

先日、購入した佐久先生の本であるが、やうやく讀了。相當おもしろい。
なかでも、あらためて勉強してしまつたのが下記の誤用例。

×青田刈り →○青田買ひ
×頭をかしげる →○首をかしげる
×口を濁す →○言葉を濁す
×公算が強い →○公算が高い
×札びらを撒く →○札びらを切る
×時機を得た措置 →○時宜を得た措置
×仕事に目星がついた →○仕事に目鼻がついた
×百歩讓つて →○一歩讓つて
×腹が煮えくり返る →○腸が煮えくり返る
×碁を指す・將棋を打つ →○碁を打つ・將棋を指す

自分もまだまだ常識がないと感じる。
やはり、學生時代に身につけるべき知識とは、一般教養であると思ふ。
その意味では、高校でよい授業にめぐり合へたものだ。

賣店での抽選で、運を小出しに使つて景品をもらふ。
たいしたものではないが、當たることはうれしい。

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(湯葉冷麺、別バージョン)

本日は、なにごともほどよく、精神的にもよろしかつた。


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2006年12月05日

わしゃわしゃ

最近「わしゃわしゃ」つて擬音語にハマつてゐます。
用途は「みんなでわしゃわしゃと飮んだ」つて感じですが、どこの地方で使はれる言葉なのでせうか。すごくお氣に入りです。「わいわい」に近く、すごく樂しさうな感じがします。
また「わしゃわしゃと洗ふ」など、たわしの音のやうな使ひ方をされるケースも耳にします。こちらは全く語源が違ふやうな氣がします。

いろんな地方で、素敵な日本語に出會ひます。
その言葉を聞いたときの自分の氣持ちを忘れたくないものです。
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2006年09月02日

文章題

財團法人「綜合初等教育研究所」が全國の小學生を對象に實施した計算力調査で、單純に數式を解く計算技能よりも、計算技能を支へる「理解力」に課題がある事がわかつたさうです。このニュース、文章題に弱いとのことで算數の問題のやうに聞こえますが、實は國語の問題です。

いまの小學生は本を讀む時間もありません。もつと國語の時間を増やして考へる教育をしないと、この國は本當に滅亡への道を歩むことに成ります。
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2006年03月11日

ブログの書き方

淺田選手、153.35點で敗れる。殘念。「へちやくれてました。ちよつとビビりました」とは。。。。意味がまつたくわかりません。189.62を持つてゐる彼女としては、かなり不本意だつたことでせう。と同時に、韓國の金妍兒選手の177.54點も立派ですね。オリンピックに出てゐたら、なかなかだつたのではないでせうか。今囘の大會は、結果だけは報道されるものの、映像がなかなか見られないですね。なぜでせうか。

ブログをはじめて思ふこと。やはり文章を書くつていふのは、けつこうたいへんなことですね。國語で大事な機能は、@「聞く」こと・「話す」ことのセットと、A「讀む」こと・「書く」ことのセットに加へて、B「イメージする」ことと「考へる」ことのセットだと思つてゐます。これは日本語だけではなくすべての言語において、國語として必要な機能です。このなかでも、「書く」つていふのは、現代生活では(ビジネス文書を除いて)なかなか機會がない。所謂「筆不精」つてやつです。しかし、「書く」ことをしないと、腦はどんどん弱くなつていく氣がします。だから、ブログを書くのはとてもいいことだと思ひます。もつともこの場は、他人に自分の意思を傳達するために書いてゐるわけではないので、文章とか文體とかは、試行といふかあまり嚴密に考へてゐないわけですが、ひとつの訓練として續けていければと思つてゐます。
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2006年02月22日

地下鐵記號

電車とローマ字の話で、もうひとつ。

最近(でもないか)、東京の地下鐵は路線マークとして「G(銀座線)」とか「M(丸ノ内線)」とかの英字を採用してゐるやうです。現在、下記のやうになつてゐます。

路線名  事業者   愛稱 記號 色  軌間  電化
01號線 東京都交通局  淺草線 A  桃 1,435 1500V架空線
02號線 東京地下鐵  日比谷線 H  銀 1,067 1500V架空線
03號線 東京地下鐵   銀座線 G  橙 1,435 600V第三軌條
04號線 東京地下鐵  丸ノ内線 M  赤 1,435 600V第三軌條
05號線 東京地下鐵   東西線 T  水 1,067 1500V架空線
06號線 東京都交通局  三田線 I  青 1,067 1500V架空線
07號線 東京地下鐵   南北線 N 青緑 1,067 1500V架空線
08號線 東京地下鐵  有樂町線 Y  金 1,067 1500V架空線
09號線 東京地下鐵  千代田線 C  緑 1,067 1500V架空線
10號線 東京都交通局  新宿線 S 黄緑 1,372 1500V架空線
11號線 東京地下鐵  半藏門線 Z  紫 1,067 1500V架空線
12號線 東京都交通局 大江戸線 E 赤紫 1,435 1500Vリニア
13號線 東京地下鐵   (未定) -  茶 1,067 1500V架空線

かはいさうなのは三田線の「I」、半藏門線の「Z」と、大江戸線の「E」で、それぞれ「M」を丸ノ内線、「H」を日比谷線に、「Y(E)」を有樂町線にとられてしまつてゐるために、第二候補字になつてゐるやうです。ここで大變興味深いのは、東京地下鐵13號線が、どんな愛稱になるかといふことです。

「池袋線」では「I」が三田線にとられてゐるので「K」になり、「澁谷線」では「S」が新宿線にとられてゐるので「B」となるのでせう。「雜司が谷線」「明治通り線」でも同樣です。何が言ひたいのか、まつたく意味がない記號だと思ひます。路線名と色分けで充分なのに、驛に番號を付ける目的でローマ字の路線記號をつけたことが失敗だといえます。

そもそも、この路線があれば高校・大學の通學が便利だつたはずなので、正直ちよつとくやしい氣持ちもあります。ちなみに愛稱「池袋線」派です。

一番好きな地下鐵は、子供のころから丸ノ内線です。後樂園や交通博物館、銀座に行く路線ですからね。さういへば交通博物館、なくなる前にまた行かなくては。
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2006年02月21日

ローマ字と假名

電車に乘ると驛名や路線名のローマ字表記が氣になります。

何が氣になるのかといふと、國語の表記(假名)との差です。たとへば、JRでは青梅を「OME」と表記してゐます。これはヘボン式ローマ字によるものです。幕末に來日した米國人宣教師ヘップバーンさんが考案したもので、英語圈の人に讀みやすいといはれてゐるものです(發音上は讀みやすいとは思はれませんが)。新橋は「SHIMBASHI」ですし、千疋屋さんは「SEMBIKIYA」ですよね。

この點について、正しいローマ字は外務省の推奬するヘボン式か内閣告示の訓令式かといふ議論があります。今の小學校では訓令式で教へるさうです。まあそれはよいとして、國語での發音は「OUME」でせう。だつて「おうめ」つて書くでせう。このブログでは正しい假名遣ひで「あをめ」なので「AWOME」となります。同様に、「東京」は「とうきょう」つて書きますよね。だからローマ字は「TOKYO」ぢやなくて「TOUKYOU」だと思ふんです。これも正假名では「TOUKYAU」ですが。假名遣ひは別にして、「おーめ」とか「とーきよー」つて書かれると抵抗感あります。「おーめ」では青い梅が想像できません。

友人に「奈保子」さんつていふ人がゐて、發音は「なほこ」なんだけど、サインは「NAHOKO」つて書いてゐるのが、すごくカッコよく感じたことがあります。「H」を發音しないフランス語の表記みたいですよね。フランス語に限らず、表記と發音が一致しない言語はたくさんあります。だつたら意味が理解しやすくて、ちよつとカッコよい假名遣ひを使はうと思ふんです。この話はまた別にしませう。

蛇足ですが、自動劵賣機のところで、いつも「領收書の有無」を聞かれますが、「有無」ぢやなくて「要否」でせう。ひどい日本語です。
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2006年02月02日

漢字百話

1月は何しろ地方出張しなかつたので、あまり本を讀んでません。

短い通勤時間のなかで、白川靜 氏の「漢字百話」を讀書中。宣傳するつもりはないですが、これがたいへんおもしろいのです。小學生のころ習つた漢字の成り立ちにとは違つたアプローチであり、正しいかどうかとは別に、古代の人々の生きざまなどをいろいろ考へさせられる内容です。

息子たちが學校に行くやうになつて、現在の小中學校での教育内容は昔よりも質が落ちたといふことを實感するのですが、このことは今に始まつたわけぢやなく、先の戰爭での敗戰時からだと思ふんです。先人が工夫して國語の文字とした漢字を、いぢくりまはして全く意味のない文字に變へてしまつたことは、我々にとつて大きな損失です。もし教育水準を下げることが占領政策であつたとすれば、うまくいつたといえるのではないでせうか。

もう一度、小學生に戻って正しい國語を學びたいと思つてゐます。
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